元極妻の隠された幼少期

元極道(親分)の妻ですが現在は静かな生活を娘と送っております。 幼少期から現在までを書いていきます。 時々つぶやき。時々晴れ雨曇り★ これは石原まい子の裏ブログです。 誰も読まないでください。

2012年05月

恐怖に怯える卒リンの結末


こちらの記事
の続編

卒業式が近づいてくると、ソワソワしてる先生がいました。
挙動不審・・・
その落ち着きのなさは、過去の経験からでしょう。


私達はウキウキしてました。
毎年勢いがあるノリ
華の卒業式


今の時代、卒リンという言葉は無いでしょう・・・・
知らない人も多いはず。


卒業式にもらえるリング?指輪?
それなら嬉しい・・・
もらえるはずがありません。


卒業式に、リンチで「卒リン」
恐怖を感じてるのは先生達


いつの時代から始まったのか分かりませんが、決して楽しくない行事
楽しいはずがありません。


私自身、まったくもって興味がありませんでした。

先生だけでなく、生徒までドキドキしてるほど。

以前、卒リンのせいで、卒業式が延期か中止になりました。

普通なら先ず有りえないことでしょう。

うちの学校は異常でしたから・・・
すばらしく異常

みんなから嫌われてる理不尽な先生がターゲットの対象に。
誰が決めるという事でもなく、自然な流れ。


私達の世代は非常に悪かったので、今考えれば理不尽なのは間違いなく生徒。
先生ではないのは確かなこと。


学校で三年間まともに勉強した人は、ほんのわずか
可哀想な私達・・・・
勉強できる環境ではなかったですからね。


落書きだらけの校内、机も椅子も人数分なんて無い
黒板は愛羅武勇とか漢字の嵐
先生が消しても消しても変わらない


窓から勉強道具を常時投げてる奴もいました。
投げるのが好きな生徒がやたら多い

タバコの吸殻も投げ放題
シンナーの瓶や怪しい臭いのティッシュも・・・


教室にあるのは麻雀パイにトランプ、花札、タバコ、灰皿、お菓子、アンパン
可愛いアンパンマンならいいのに。


それが当たり前だった学校

慣れてくると、普通に感じてくるのもおかしい…


しかも授業に出ると文句を言う人間がいました。
真面目は出て行け!
ここにはマジメちゃんはいらない。


勉強したくても出来ない人が多かったのは現実

塾も不良の溜まり場

後にホンモノの不良になる男子も多々いました。

(不良とは関東でヤクザという意味)



卒業式が近くなれば、学校は更に色が付いてくる
派手すぎ 

決してお洒落ではない・・・



安いスプレー缶とペンキでの落書き
仕入先は得意な人間。
アンパン大好きな者


芸術的な学校とは程遠い
センスが良ければ芸術ともいえるかもしれません。


暴走族、横浜銀蝿、アイドルの名前

石原まい子


普段使わない漢字と意味のわからない絵
ビーバップやごくせんも顔負け
クローズなら役者がカッコいい。

そんな落書きを先生達は毎日消す作業をしてました。

楽な職業ではありませんね・・・


卒リンの話は何処へ・・・
はい。

私達の学年は前日に担任から、卒業式に出席したらいけない生徒の親に電話をしたのです。



強行突破して出席した場合は・・・卒業証書を渡さないという
数名いましたが、9割は無事に出席しました。


出席する条件の一つ

生徒全員、髪の色を黒くすること。


なんだかんだいって、いい先生が多かったような気がします。
担任は熱い先生。


結局、卒リンなんかありませんでした。

それどころか、みんなで書いた色紙と大きな花束を渡しました。

先生も私達も号泣です・・・


最高の卒業式でした。

終わり良ければすべて良し

先生もホッとしたことでしょう。


その後、落書きは生徒みんなで綺麗に消しました。
いい思い出です。



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誕生日に買ってもらった単車での悲しい別れ

こちらの記事には多少書きました。
暴走族の話

もっと書くことはあるんですが、深く触れないようにしてるのは意味がございます。
後輩や友人が亡くなったからです。


16の誕生日に、親から買ってもらったCBR400
カッコイイ。

すごく喜んでました。


両親は中華料理屋を経営

私達は後輩の親のお店で、よくご馳走になってました。

お母さんもお父さんも優しくて。。


ピカピカに輝いたバイク

念願の新車


傷を付けるのが怖いので、ほんの少しだけ乗らせてもらった覚えがあります。

新品ですから緊張しちゃいます。
しかも自分のではないし・・・


みんなが乗っているのは中古でしたからね。
新車を乗ってるの人はいなかったような・・・

改造するので、中古で充分。
マフラーとかでお金がかかりますから。

ところが、誕生日に届いた翌日の朝・・・・・・

後輩の女の子から電話がかかってきました。

事故で死んだと・・・・・

まさか・・・

昨日は元気だった

あんなに喜んでいたのに・・・乗ったのは、たった一日


誕生日に買ってあげた両親は自分達の責任だと・・・
そんな・・・・・

その後、お店は閉めてしまいました。

お通夜には大勢の仲間が参列。
悲しすぎる・・・


私の友人も同じく単車で命を落としました。
仲間といる時ではなく1人で乗ってるとき。

夜中の出来事
その数時間前まで一緒でした。
みんなでいつもと変わらない話し。

Hydrangeas




口数が少ない友人
思いやりがあって、好かれてました。

1人で乗るときには、ついついスピードを出しすぎてしまう
だから、みんなによく言ってたんです。


単車が好きなのもわかる
事故を起こしたら死ぬかもしれないんだよ。


スピードは出しすぎないようにね。

まだ乗り慣れていないのに粋がって猛スピードを出し、回転して、脳に重症を負った者もいます。


遠い昔の話ですけど、忘れることはございません。

星になった友人、後輩。
天国で思いっきり走ってることでしょう。


石原まい子


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石原まい子の目次

暴走族と竹の子族の青春


私が15、16、17の時に地元の暴走族が走り出すと、うちの実家の前を通るときには必ずといって、私に頭を下げてました。
爆音が遠くから聞こえるので、外に出ます。


後輩達もいれば、先輩も。
私達は上下関係がしっかりしていました。

暴走族の仲間といえども、基本的なことが分からなければ相手にされないどころか、一緒に走ることは無理です。

協調性も大切

挨拶は礼儀正しく
基本!

1人だけ突っ走るのは、みんなに迷惑がかかる
これは何事においても同じ。

数十台の族車

多い時には100台200台が当たり前の時代
1年に1度、白浜での集会は1万台


単車や車の改造にお金が掛かります。
そのために仕事は頑張る。
そういう人間が多かった・・・

石原まい子

遊ぶときは遊ぶ
仕事は真面目にやる
稼ぐ

うちの前で何十台も来たときには、道路に出て行き、お説教も兼ねて話し込みます。

スピードを出さないように。オマワリさんには暴力を振るわないように。
目立ちたがり屋の集まりですからね。

スピードを出すのは走り屋
暴走族とはちがいます。

他所の暴走族と喧嘩になったときには勝つこと。
負ける喧嘩ならしないように。

そして、武器は使わない。等など・・・
これが私流の説教。

武器は走ってるときに持ってるだけの飾り物
それでいいんです。


竹の子族も楽しかった・・・
中学の時に流行りました。

昭和青春グラフティ 原宿竹の子族 [DVD]
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体育の時間はあって無いようなもの
授業そのものも同じでしたけどね・・・

竹の子の振り付け
曲に合わせて練習
笛を吹いて、かけ声を勝手に作る。

今でいうパラパラ
元祖パラパラは竹の子族です。

昔は振り付けが単純だったので覚えるのは簡単。
見せ場は原宿。

ギャラリーが凄い。
全国から見にくる人の山

人気の観光スポット
ギャラリーから見られるのがパワーの源

一世風靡セピア(いっせいふうびセピア)は、一番の人気者
哀川翔、柳葉敏郎も、この場所からデビュー
かっこよかった。

14~15から原宿に行くのが日課でした。
週末の楽しみ。

故・沖田裕之くんがスーパーヒーローの時代
憧れてました。
写真を撮るにも、人が多くてなかなか撮れない・・・


竹の子族で踊りが一番上手かったヒロくん。
テレビでも話題になるほどでした。

竹の子をやってる人は独特のメイクをします。
目元には時間をかけます。
キツネ目仕様


全てが原色
衣装も手作り
気合い入ってました。
憧れの人の側で踊れるのは嬉しさ100倍


タレントになってからは竹の子族を卒業
寂しかった・・・
遠い人になってしまって。

それまでは身近に感じてましたから。

今の若者は竹の子族を知らないでしょうね・・・

私は竹の子もやりましたが、ローラー派。

今でもツイストは得意中の得意!

髪型は当然ながら、ポニーテール

ローラー派は、男がリーゼントにスカジャン
ポニーテールに大きなリボンの女子


あの頃は青春でした。
その後も青春は続きました。

輝くポニーテール時代。


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最初で最後の捜索願

こちらの記事の続き

たった2日間の家出
短い旅・・・

そして、戻った家には家族の姿が目に入りました。



母は優しい笑顔で迎えてくれました。
ちょっぴり照れくさい。

何事もなかったように「おかえりなさい」と・・・

自然と涙があふれてきました。
私だけではない。
目をこすっていたのを見てました。


涙を隠すかのように・・・
ごめんなさい。
お母さん。
大好きなのに泣かせてしまった。

どれほど私を心配したことでしょう・・・
朝から晩まで探し回ってたのを聞きました。

そして想像していた父の怒る顔
怖っ・・・

ですが、父は怒りませんでした。



置き手紙を何度も読んだようです。
本当に理解してくれたのかはわかりません。
でも、私なりに伝えたかった・・・
心の声を。

紫


口下手の父は黙ってました。

あまり目を合わせなかったですが、いつもとはちがう穏やかさ

私には何が言いたいのか伝わりました。

似てる性格だから。


母は、私達も直すところがあるから、これからは何でも言ってね。
何でも言えないのが本音。

いつものように優しい母の声



翌日、警察へ母と行きました。
2度目の警察訪問・・・
特別に悪い少女ではなかったのは確かなこと。


学校は極悪非道
それも仕方が無い
そんな地元だから。

綺麗にお化粧して、ロンタイのスーツに9cmのハイヒール
ロンタイとは、ロングのタイトスカート
流行っていたのかは不明

そんな服装が好きだった。
生意気な格好に生意気な態度。

15だからといって、子ども扱いされるのが嫌でした。
そんな年頃。
買ったばかりのスーツを自慢げに。。

婦警さんとも長い時間、話してたのを今でもはっきり覚えてます。
相談事もない。

婦警さんから質問の嵐。
友達は?
どこに行ってたの?


本当の事は話しませんでした。
友達の名前を言えば迷惑もかかる

どこに行ってたのかと聞かれたとき・・・
駅のバス停近くにあるベンチに2日間いました。と、テキトー

信じてるはずがありません。
それは承知のうえ。

質問の続き

お洒落なんだし、きれいな顔なんだから女優さんにでもなったら?

そんなに褒めても何もでないのに・・・・


女優もいいかもしれない。
プロダクションを紹介してくださいよ。と、小生意気な返答

夢を持つように言いたかったのでしょう。

将来は何がしたいの?とか聴いてましたからね。

すでに夢はありました。


私に対して、その後の両親はずいぶん変わりました。

なんだか腫れ物を触るような感じ。

そのときはそれで居心地がよかったような・・・
バカな勘違いですけどね。


捜索願を出されたのはそれが最初で最後でした。

尊敬するのは怒ってばかりのお父さん



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家出少女

15才のときに家出をしました。
もちろん、私なりの理由があります。

とても厳しかった父
そんな父に文句一つ言えない母
それほど怖かったのでしょう・・・

普通なら怒らなくてもいいような事でも怒鳴ります。
叱るのではなく怒る。

例えば、学校の友達から電話があっても、取りついでくれません…
わるい友達、よい友達
勝手に判断していた親


「今、まい子はいない 」
えっ・・・
私は目の前にいるのに・・・
それだけ言って電話を切ってしまう。


男子からの電話は誰でも無理でした。
いつも家にいない子みたい。

私から連絡をして、留守だったので、折り返してもらった電話
もちろん、携帯のない時代
公衆電話か家の電話

家からは殆んど電話した事がありません。
本当に・・・

話してると、誰と話してるんだ!

誰って、友達以外に誰がいるの?

そして勝手に受話器を切られる
電話は話すためのもの。
切るためのものではない。


お母さんに、うちは原始時代の親みたい。と、 何度も言ってたのを覚えてます。
実際、原始時代の親がどうなのかなんて知るわけがありません。

星空

時代と共に進化してない
子供を理解しようとしない

信じられていない
まだ15なのに・・・

お父さんやお母さんの時代とは違う
それが言いたかった…


自由がないという思い込み
家にいても楽しくなかった時期

お母さんは仕事で忙しい
お父さんは帰ってきても、あまり話さない。
笑顔の家族とはかけ離れていたような・・・


今考えれば自分勝手な理由かもしれない
何不自由なく育ててくれたのに…

ある日、私のことを理解しようとしない親に、置き手紙を書きました。
私が家出した理由

言いたいけど言えなかった事
見付からないように、荷物は最小限にしました。
そ~っと・・・


そして、帰って来ない我が子に焦ったのでしょう。
私は部屋を綺麗に片付けて、テーブルの上には手紙を残しました。


それを見付けた両親は、反省して泣いたらしい・・・。
心配性のお母さんは、思い当たる友達に電話を掛け続けた

私にとっては勇気ある決断、行動でした。
それしか方法はないと思ってましたから・・・


泣きながら書いた手紙
本音を伝えたかった


お母さんは、友達に「私達が悪かったから、どこにいるかだけでも教えてほしい」
それは耳に入りました。


大好きなお母さんが心配してる

わかっていたけれど、しばらく家から離れていたかのです。

そっとしておいてほしい・・・


だけど気になり、一度だけ電話をしました。

大丈夫だから。女の友達の家にいるから


それだけ伝えて切りました。

悲しそうなお母さんの声

「お父さんも怒らないから早く帰ってきなさい。」


家出しても楽しい時間は過ごせませんでした。

地元の友達と飲めないお酒を飲んだり・・・
先輩が働いてるパブに行ってみたり・・・


そして、家出してから2日目にして、、、まさかの捜索願を出されてしましました。

早すぎる・・・・・


私の青写真が撒かれました。

友達や先輩からも、「不味いんじゃないの?」
確かに・・・・


憂鬱な思いで帰ることを決意

きっと、お父さんからは又怒鳴られるにちがいない

でもお母さんのためを思うと帰るしかありませんでした。



親戚や兄妹、両親の友人達まで探していたらしいです。
喧嘩ばかりしてたお兄ちゃんも心配してました。

放っておく親も多いのに・・・・

私が気付かないだけで、愛されていたのでしょう。

そして帰宅。

両親は警察へすぐに電話

翌日に私は警察へと行く羽目になりました。


たった2日間の家出少女として。
正確にいえば2泊3日の小さな旅

続く



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愉快な挑戦状を叩き付けた結末


どうにもこうにもならない中学校
誰も変えることはできない・・・
とにかく悪い世代


ですが、今のような生徒同士の陰湿なイジメはありませんでした。
やるなら正々堂々と!

喧嘩の売り買いはありましたけどね。
よその学校とも抗争。
売られたら買うしか手段はないのです。


一度でも逃げたら、ずっと逃げなければなりません。
逃げていなくなった友達は1人だけいました。
仲間割れ。
絞められてました。


私はみんなで1人を殴る蹴るというのが嫌い
汚いやり方
もちろん参加しませんでした。


逃げ切ることは可能なようで不可能
しつこい人間もいましたからね。
反発できない子は、途中で転校。


私は何度もかばったんですけどね…
かばえば、かばうほど、面倒になることはに分かってました。

特に仲がいい訳でもないんですが、弱い者イジメは嫌いでしたから。
おかげで、矛先は予定通り私に・・・

見かけは強いが、弱い集団との戦争が勃発。
は~っ・・・
意気がって金髪にしてるだけで、中身が空っぽの女子集団
 

当時でも派閥はありました。
どこの誰と仲良くしようが、私の勝手。
人に言われて簡単に動くわけがない。


みんなに、アンタはどっちなの?とか、聞いてる変な奴もいました。
選挙でもやるつもり?
そんな器量もないのに・・・
 


どっちもこっちも、自分の道は自分で決めるもの。
それをわかってない奴ら
無理やり聞いて何が楽しいのか意味がわかりませんでした。



あまりにもムカついたので、チリチリ金髪の女をギャフンと言わせるため、アイロンを持って、挑戦状を叩き付けました。

スズメバチ

何故アイロンなのか・・・
アイロンの役目とは、きれいに真っ直ぐにすること。
いらないシワを取り除く。


チリチリ頭を真っ直ぐに伸ばしてやろうかと思いついた可愛い手段。
言葉使いが悪いですね
きれいに伸ばしてあげようかと・・・


少しは曲がった心も真っ直ぐになるのでは?
そんなバナナ
そんな馬鹿な。。

変わるはずがありません。
アイロンを思いついた私も可笑しい。


念力で曲がるのは、胡散臭いスプーン
曲がったスプーンは、そのあと簡単に折れますからね


そして待ちに待った、くだらないアイロン計画。

意外に楽しみでした。

相手がセーラー服の襟を掴んできたので、今しかない!
髪は目の前。
それが目的


殴り合いは疲れますから。
かかってくれば、相手にしちゃいますけどね。


そんな大事な時、仲のいい友達に持っててもらったアイロンが無い・・・・

何をやってるんだろう。。
あれだけ言ったのに・・・


ということで、アイロン計画は終了!
やる気が失せました。
思わず、「や~めた」と、放棄。


笑いながら又ね~と、サヨナラしました。
ムカついてた様子の相手
追いかけてきましたが、今度にしよう。と、私

可笑しくて仕方がなかったですね。
言ってる自分が。。

挑戦状は何処へやら・・・
かっこよく書いたんです。
習字。太い筆で・・・


そんな時代の中学校生活も終盤に入り、受験体制
受験には程遠い極悪学校
高校に行きたいと思ってる生徒は90%


遊んでる人間でも高校ぐらいは行きたいと思うのです。
行けるような学力がないのも当然。
高校に行きたいと思うのは自由。


中学一年の勉強すら分からない生徒も、とりあえず受験
受験料が勿体無いような。
ツケは必ず回ってきます。


今では考えられないでしょうが、中学浪人が多かったのが現実
卒業したあとは、働くか、結婚して子供を産むかという感じでした。
友達も高校には行かず、立て続けに3人出産


私は某私立女子短期大学に入学
中3の後半は真面目に受験勉強しました。
喧嘩なんかやってる場合ではない。


私立への入学
それが間違いの始まりだったのは後でわかります。
学校は見かけだけで選ぶものではありません。

もっとよく調べるべきだったのです。
しかも私には合わないレベル
無理しちゃいました・・・

人生までも変えてしまった高校と教師

続く


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窓なし、ドア無し、天井ありの中学校に消防車とパトカー出動

こちらの記事の続き

冬はストーブだったというかことは前の記事で書きました。
昭和の良き時代 

先生は基本的に嫌われ者的な扱い
でも、教室にあるストーブは人気者。
人気物。。


ヤクザの準構成員みたいな、やんちゃだらけ生徒の集まり。
ニグロやパンチは普通…
もちろん男子。

女子はカーリーヘア、他いろいろ。
お洒落な先輩はサーファーヘア
ツッパリですが、やはり顔はきれい

ワルの基本でしょうか。
美奈子先輩も綺麗でしたから。
顔は親のおかげ。


学年でも特別なワルが、寒い寒いと大騒ぎ。
誰のせいだと思ってるの?
寒いのは、あんた達が全部のクラスの廊下側ドア、 そのガラス窓を割ったから…


ストーブがついていても寒いのは当たり前。
隙間だらけなんてものじゃありません。

壁でさえ穴は開いてる。
ドアは壊されてる。
まともにあるのは天井ぐらい。


あまりの寒さに、段ボールをガムテープで窓の代わりにふさいでました。
頭を使って出た行動が単純。

変な学校・・・
挙げ句の果てには、教室の窓ガラスまで割って…
何を考えてるんだか。
おもしろいと思うのがおもしろくない。

カバ


みんな震えてました。
怖いのではなく、寒いからです。
マフラーして手袋したまま。

勉強する生徒も2割ぐらいでしたからね。

ワルの基本。
学ランの内側が赤と紫のサテン、そしてお決まりの龍の刺繍。
そのメンバーが集まり、何をしたかというと…

焚き火だと言い出して、ストーブの火でいろんな物を燃やし出しました。
授業という授業は無いに等しかったので、やり放題。

そしてまさかの事態に…
火の粉が教室のカーテンに飛び移ったんです。
一瞬の出来事。


あっという間に火の海寸前・・・
焦ってる人は居たような、いなかったような。

”あっ燃えてる ”
ある1人はアホなのか笑ってました。
笑い事ではない・・・


非常ベルは毎日鳴っていたので、誰も気にしません。
鳴りっぱなしの学校。
先生も、いつものイタズラかと思ってたんでしょうね。


そのうち、消防車と救急車のサイレンが鳴り響きました。
ヤバイでしょう・・・・

周りにいたみんながバケツで水をかけて消火活動。
消防隊員なみ。


やった人間は逃走。
逃げ足だけは速い。
とはいっても、校庭から見上げて笑顔の犯人。


そんな事があってからは、真冬の寒いときでもストーブ禁止。
最悪・・・・
カーテンは燃えて無くなってるし…

自分達で用意しなさい!と先生達は激怒
誰もが知らんぷり。

窓を開けなければ冬場ならカーテンは必要ない。
それが・・・窓も割れてたんです。

何度も新しい窓を取り付けても割ってしまう者がいる
窓なし、ドア無し、教科書なし。

机や椅子も校庭に投げる遊びが流行ってました。
水風船は投げ放題。

何故あのとき、燃えて大変な事になったのに・・・
ニュースで取り上げられなかったのでしょう。

もしかして、ニュースになっていたのかもしれませんが、
今のようにパソコンも携帯もなかったので知らないだけだったのかも・・・

事件ばかり起こしてた数人のワルは数年前、久しぶりに電話で話したら、私に敬語でした。
大人になったから?
散々、私と喧嘩して揉めた人間K野


MやKは組織に入って破門。
その後も新聞で見かけました。
もちろん悪いニュース。


人間は時と共に変わるものです。
地元で噂を聞いたようです。
私が極道の妻(組長の女房)という事。

それで態度が変わったのでしょう。
男のくせに・・・


その人間と電話を繋げた友人
その友人は某組織の親分と付き合いがある極道。

現在は長い懲役生活を送ってます。

今でも親友です。

ある事件により堅気に。

古い付き合いです。


生きて出所してください。
刑務所の中で死なないように。

石原まい子


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弱い者イジメ番長との喧嘩

こちらの記事の続き

授業は受けたい子だけが受ける。
それはお決まり。
先生達も呆れてましたが、どうにもなりません。

バイク


今の時代と違うのは、先生は呆れながらも必死で生徒に向かってきたのを覚えてます。
毎日が戦い。
生徒同士の喧嘩でも、見ない振りなどしません。


「おまえら、いい加減にしろ!」
同じ言葉を繰り返す。
言われても変わらない生徒達

非行学校。
極悪生徒


殴りあいなんて日常茶飯事…
喧嘩を見ない日はなかった。
教室や廊下、校庭、体育館
どこの場所でもやってることは一緒。


勉強なんかできる環境ではない。
頭がよくなることよりも、喧嘩が強くなることのほうが格が上がる。

先生が喧嘩してる生徒を止めようとして、血だらけになることもある。

生徒の制服も先生のワイシャツも血が付いてます。

スーツを着てこなくなる先生も増えてきました。
動きにくい、血が飛び散るから・・・
そんな理由


どんなことがあっても先生達は警察に電話したりしません。
電話1本で収まるのに・・・
骨を折った先生もいます。

それでも、ギブスを付けて学校を移ることなく通ってました。
お互い真剣だったんですよね・・・

私達も先生も。
放っておけば楽なのに・・・
放っておいてくれない先生

文句を言いながらも先生は嫌いじゃなかった。
みんなも面倒だと思いながらも好きだったはず。

殴られても教育委員会などに言う親も生徒もいない。
すべて自分持ち。
わかってるから。


私と仲のいい美人で大不良の先輩は、友達との喧嘩で相手が刃物を出してきたんです。
いきなり刃物を出してくる人間は弱い証拠。

素手では勝てないからでしょう。
強い者はハッタリなんか必要ない。
1対1なら当然のこと。


私も途中で騒ぎを聞き、駆けつけました。
美奈子先輩を守ろうと、相手が持ってる刃物を取ろうと瞬間・・・
「大丈夫だから離れて!」


そう言われました。
大丈夫じゃないのに・・・

自分でカタをつけたかったんだと思います。
人の力を借りないで・・・

私も後になって同じような揉め事があり、理解でしました。
自分のケツは自分で拭く
まさに女気。


廊下や階段は血がいっぱい・・・
壁も血だらけ。
いつもの光景と変わらない校内。
血を見ても驚かない人もいる。


慣れって怖い
静かな教室は学校が終わった夕方以降
 
包帯を巻いてる生徒もたくさんいます。
口先だけ達者で弱い者イジメをする人間も中学時代は多かった…


喧嘩の一つも出来ない子に限って威張り放題。
本当は弱いくせに…


そんな子から喧嘩を売られました。
私は完全にやる気なし。

売られた喧嘩は買うしかない。
逃げることは間違ってもしない。
逃げる意味がないから・・・


ギャラリーも集まり、凄い盛り上がり方。
負ける気がしない。

弱い者イジメの番長と喧嘩
先輩達に、おべっかばかり使ってる人間
許せるはずがない。

なめんなよ 裏

戦いのとき
タイマンです。
簡単に勝負はつきました。
負ける気がしない という、気持ちが勝ったんです。


私が勝って喜んでた友達も大勢いました。
イジメられてたりしてた子達は特にです。

なんせ、見た目だけのハッタリで、真面目に勉強してる子達をイジメていたんですからね。
弱い者イジメ番長を倒した私。


逆に倒された女子はみんなからの笑われ者に・・・
当然ながら彼女の仲間にも。

少しは大人しくなればいいのに。
そう思ってました。
私だけでなく、誰もが思ってたこと。


できることなら、殴り合いの喧嘩は避けたい・・・
疲れるから。

なんだかんだいっても、あの頃の先生は真剣でいい先生がいました。

今はそんな真剣に向ってくれる教師がいるのでしょうか・・・



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花札と麻雀と怪しい臭いがする教室

こちらの記事の続き

昔は各教室に大きなストーブがありました。
今みたいなシャレた暖房器具など置いてません。
電気ストーブもなかった・・・


漫画に出てくるような昔のストーブ。
やたら大きい煙突みたいな物が付いてました。

触ると火傷します。
鉄で出来てますからね。

朝は寒いので最初に行く場所がストーブ前。
うんこ座りが当たり前の時代。
みんな得意です。

長いスカートは床の上
ある意味、スカートで掃除してるようなもの。

ちなみに東京都内の中学校です。
地球温暖化とはかけ離れ、あの頃の冬は寒かった・・・
極冷え。


給食の時間になると、食パンをストーブで焼いてました。
なかなかいいアイディア

教室中、香ばしい匂い。
その頃の給食は、やけに食パンが多かったのは何故でしょう。

鯖の味噌煮と食パン、牛乳、ゼリー
おかしな組み合わせ。
白いご飯のときが少ない。


戦時中でもないのに・・・
不味いパン。
それを少しでも美味しく食べれるようにしたのがストーブ。

暖まる物
それなのに、制服やスカーフ、ハンカチも燃えてました。
普通なら大騒ぎしてるはず。

そこが普通ではない学校。
クラスの大半は楽しそう・・・


誰もが楽しい給食の時間

残念賞はパンの名脇役
バターなら嬉しい。
私の嫌いなマーガリン・・・


それでも付けるものがマーガリンか、たまにイチゴジャム、マーマレード、ハチミツ。
どれもイマイチ。
それの繰り返し。 


数少ない献立の中で好きなものといえば、

一番目が生クリーム、

二番がカレーライス、

三番がクリームシチュー。

鯨(クジラ)のステーキは頻繁に出てましたが、嫌われてたメニュー。
硬い・・・
見た目もよくない。

今は高級品ですけど、給食に鯨が出るとご機嫌斜め…
食欲が失せます。


献立表に唐揚げ、食パン、生クリーム 、牛乳・ヨーグルト
そんな日には大喜び。
生クリームの登場でテンションが高くなります。

あんな事もありました。

毎日出てくる不味いマーガリンは見るのも嫌でした。
うんざり・・・
必要ないのに。


パンに生クリームは最高な一品。
考案者に賞をあげたいぐらい。

給食前に自分達のクラスが多くなるように、他のクラスの生クリームが入ったボールを持って来ちゃいます。

早めに・・・

給食は自由に食べます。
そこが小学校と違うところ。

好きなものだけ食べる。


食べたくなったら外にパンを買いに行きます。
誰の許可も取らずに。。

勝って気まま
外出し放題。

学校には原チャリや単車が置いてあります。
いい音がするものばかり・・・
卒業した先輩は改造車で遊びにきてました。

それで校内も走り回る同級生達。

免許は取ったつもり。

16歳からなんですけどね・・


イメージとしては免許持ち。

標識も意味が分かってます。


暴走族

食後は花札やトランプ、麻雀などで遊ぶのは日常茶飯事。
授業はやりたい人だけが、先生の側に机を持っていくわけです。

1クラス45人前後
6クラスありました。
勉強したい生徒は1クラスに10人ぐらい

あとのみんなは教室で煙草を吸ったり、シンナー吸ったりと、いろんな匂いが…
一番好きな匂いは、食パンをストーブで焼いたとき。

因みにシンナーは嫌いでしたのでやりません。

歯が無くなってる人は数知れず・・・

教室の匂い
今でも覚えてます。
身体によくない匂い


校庭は排気ガスの匂い
改造車の臭いです。
単車を、ふかしてる男子。

口元には缶。
当たり前の光景でした。

続く

姐さん「任侠」記
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トイレに呼び出された結末

こちらの記事の続き

兄は地元の中学には行かず、越境して普通の荒れてない中学へ。
私は離れたところには行きたくなかった。

通うのが大変という理由
もう一つは勉強。
レベルが高いところに行けば苦労するのは自分。

お母さんとは悪い中学には行かせたくないようでした。
最終的に決めたのは自分ですから。

レインボーアイス


入学して暫くした頃、先輩からの呼び出し。
一年生の数名が強烈に、ド迫力ある目立つ三年生から…
あぶない予感。


不思議とツッパリの先輩達の顔は綺麗な人が多い。
お化粧も上手くスタイル抜群。
みんなからは憧れの先輩。


憧れの先輩は喧嘩も強い。
勢いもある。
喧嘩慣れしていたのでしょう。

毎日のように喧嘩の嵐だった学校・・・

静かな時間はなかったですからね。


呼び出しの場所は、お決まりのトイレ。
うれしくない呼び出し・・・

トイレは綺麗とはかけ離れている。
掃除する人はいたような、いなかったような・・・


トイレの使い方が普通の学校とはちがいます。
悪さする者、ぶっとばすための場所


殴るは蹴るは・・・髪の毛まで引っ張り大忙しの先輩方。
痛いとかは言いません。

納得いかず最後まで謝りませんでした。
すみませんでした。と、謝れば終了。

私は、しめられたほうのがマシという感じでしたね。

その場にいた友達はサッサと謝ってました。


理不尽すぎて謝る気などありません。
逃げることなどしたくなかった。

有名な3年の先輩も恐いとは思いませんでした。
かっこいいとは思ってましたけどね。


その間、誰もその女子トイレには入ってくることが出来ません。
見張りが入口に何人も立ってます。

先生達も周りから騒ぎを聞いて駆け付けてきても出入り禁止。
廊下で先生と見張り数名が大喧嘩の大騒動。

暴れてる声や音が聞こえます。
そっちのほうが気になってましたね。


2つ上の先輩、三年生とはそれ以来、仲良くなりました。
ボコボコにぶっ飛ばされて仲良し。
そんな楽しい時代でした。



殴られて口から血が出ても痛いと思わなかった。
早く終わらないかな… 時間が気になる。
心の中で思っていたこと。



初めての煙草は中学一年のとき。
セブンスター、赤ラーク。

最初はゴホゴホ咳こんでたのを覚えてます。


特に美味しいとも思わない。
なんとなく・・・
タバコが学校のどこかに置いてあるから。


机や本棚の上などにも普通に並んでるタバコ
もちろん、先生は役目として見れば職員室に持って行ってましたけどね。


それを知ってる生徒達
そのすぐ後に職員室に回収しに行きます。

たばこ、、やめればいいのに…
興味本意と格好つけたかったんでしょう。私。
今みたいに軽い煙草なんてなかったですし、銘柄は数えられるぐらい少なかった。



三年生に認められると恐いもの無し。
根性ありと認定済。

何かあっても守ってくれたりしてくれました。
その代わり、一つ上の二年生とは合わなかった…
嫌い。



ほとんど二年生とは口も聞かず、挨拶もしません。
する気にもなれない・・・

弱いのに弱い者イジメとかしてる二年の先輩

1人だけ、有名な大不良な先輩とは仲が良かった。
幼なじみでしたからね。

小学校までは美奈子ちゃんと呼んでいたのに・・
中学に入ってからは、ちゃん付けでは呼べない。


それぐらい有名
でも私には変わらず優しかった。

美奈子ちゃんは両親に育てられていない・・
お祖母ちゃんに育てられていました。


美奈子ちゃんが親に捨てられたと知ったときから変わりました。
まさか優しかった美奈子ちゃんが、あんなにグレるとは・・・

毎日のように喧嘩ばかり
血だらけになったときは、涙が出そうになりました。

刃物を持って、先生と喧嘩
悔し涙を流していたのを見たことがあります。

幼い頃の話や親の話を周りには言わない
言いたくなったんだと思う。

同情されたくない
たぶんそんな気持ちだと思います。



後に、美奈子先輩がモデルになってました。
嬉しかった。

美人は喧嘩が強い。

強くならなくては・・
その頃から勝手な思い込みをしてました。



続く


姐さん「任侠」記
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中学はセーラー服に機関銃


小学校を卒業して、いよいよ中学校。
ふふっ
新しい友達との出会いも楽しみの一つでした。
 
仲の良い友達とも離ればなれ。
不安も少々
なんせ荒れていた学校・・・

当時はテレビや新聞でもニュースになっていたぐらい。
校内暴力

教師との戦いは日常茶飯事
入学して間もないときは新鮮・・・
それも1週間で終了。


ありえない程のワルが大半の学校。
ドラマでやってるような事は甘い・・・
校内全てが落書きだらけ


上下関係が異常に厳しい
目を付けられたら最後

意味もなくしめられる
リンチ、生意気という言葉が飛び交った時期

一年生の時は担任に恵まれました。
熱血先生。
金八先生そのもの。


みんなで休みの日には先生の家に遊びに行ったり
楽しかった・・・

入学当時は純粋な気持ちだったはず。
そのうち変わっていくのです。

真面目だった子も・・・
そんな学校に染まるのも早い。

誰もが恐れる地域の学校
有名です。

今でも場所を言うと、悪いところだよね・・・・
それほど荒れてたのです。

入学するときに流行っていたスタイル…
男子はパンチパーマ、リーゼント、ニグロ
まるでヤクザ。

パンチパーマ


女子は茶髪、金髪、たまに脱色しすぎて白。
髪型は、カーリーヘア、リーゼント、たまにアフロ(笑)
アフロは勇気あるスタイル


3年の先輩(女子)はカッコよく決めてました。
無口で、誰も近寄らない・・・

一匹狼
女子ですけどね。


今のようにブレザーなんてない。
どこの学校もセーラー服
因みに公立。


セーラー服のスカートの長さ
床上10cm
超ロングのスカート。


上のセーラーは短いのがカッコイイ
普通の長さにしてるのは最初だけ。

はずかしいから、すぐに短く縫い付ける。
1年の間は短すぎても目を付けられるので注意。
上下関係は大切


袖は二回に折り、冬でも腕まくり。
セーラーの中に着てるのは色付きのTシャツ

程よく見えたときの色がお洒落と思ってた時期。
スカートは長いので、足も靴下も殆んど見えません。
夏は暑い。


ほんの少し見える靴下は紫や赤。
時にラメ入り。
白は汚れやすい。


男子の学ラン
刺青の和柄に似た感じの刺繍いり。
圧倒的に人気なのが龍。


お金をかけるところがちがう。
親からもらったお金?

学ランの内側は光沢のある素材。
紫と赤はお約束。

みんな、入学式は普通だったのに・・・
変わっていくのは時間の問題でした。 
既に狂ったように荒れてた中学校は更に荒れまくる。

それが私達の時代


続く



姐さん「任侠」記
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歌舞伎町の裏側3

こちらの記事の続き

ケジメだと言われたうちの若い衆
とにかくその場を収めるにはそこから出るしかなかった…
逃げる理由もないので、外で待機



ようやく現れたのが夫
遅い・・・・・
麻雀をしてたらしい
三代目も話を聞いて駆け付けてくれました。


そのとき暴れた本人は、みんなが来たのを確認したのか

急いで車に乗り込み、あっという間に消えました。

忍者。


私の他にも証言してくれた人達がいてくれたので、
何がどうなったのか、事実を知らせることができたのは不幸中の幸い


夫が、暴れた組長に電話をしたところ、

まだお酒が抜けてないのか、抜けてないフリをしているのか暴言を吐く一方…


まったく・・・・
後でお酒のせいにすれば済むと思っているのでしょうか

向こうの言い分を最初は黙って聞いていた夫
流石に限界とも思われる口調
一度キレたら止まらない性格


誰が何と言おうが自分の思ったとおりに動く
我が道を行く男
止めることもしません。



今から●●会の本部に行くから待ってろよ!
私「今、事務所に電話しますから」
夫「早く着るもの持って来い!」



いつにもまして眉間にシワを寄せ怒り顔
下手に話し掛けられない状況
空気がちがいますからね・・・


急いで事務所へ電話。
本部に行く事を伝え、事務所にいる若い衆達は自宅に迎えに来るよう指示しました。


応接間


1人が出先から飛んで来たのですが、とてもラフ過ぎる服装に又もや激怒

「さっさと着替えて直接本部に来い!」


どうなるんだろうか・・・・

不安は募るばかり。
「私はもういいですから…
若い衆の指が飛ぶような事がなければ、和解しても構いません。」


「お前がよくても俺がよくないんだよ。分かるか?

これが男のプライドなんだ
俺がアイツに舐められる覚えはないからな」



そこからは女の私が出る幕はありません。
黙ってました。
「気を付けて。行ってらっしゃい 」
静まり返った自宅の空気はいつもと違う
抗争の時も同じ…



玄関先でいう言葉はいつも同じ。
気を付けて。行ってらっしゃい。
たったこれだけの言葉に、どれだけの深い思いがあったことでしょう…



男たるもの。一歩外へ出れば百人の敵がいると思え。

せめて家にいるときには安心していたい。
まさに侍魂!
いつも、「ワシは武士じゃけんの~」と、よく言ってました。



結局、話を付けて和解。
とは言うものの、相手を病院送りにした夫

お互いの若い衆達は仲が悪くないので、間に挟まれ困ってたようです。
親分と若い衆同士は又違いますからね。

しかも向こうの若い衆は自分の親方の愚痴を溢してました。
何があっても周りに言いふらすような事は、自分の組の恥です。

そういう者は周りから相手にされなくなります。
当たり前です。


それが許されてしまうのも歌舞伎町という暗黒街


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歌舞伎町の裏側2

こちらの続き

あの時に着てた服は、その日のうちに全部捨てました…
大切な思い入れがある服だったのです。
仕方がありません。


相手の組織と過去に何があったのか詳しくはわかりません。
後で少し聞いただけです。
流れで耳に入ったようなものですから・・・


それから10年以上経った頃も冷たい戦争は続いてました。

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上っ面だけの付き合い
面倒だけど、よくあること。

女の世界だけでなく、男の世界でもある
それを身に沁みて感じました。


組織で行われたイベントの後
お酒の量がかなり入ってる人もいました。

私が喧嘩の仲裁に入った時のことです。
A組長とT組長の女房
二人共、酔ってるのだから放っておけばよかった・・・



揉め事があると収めたくなる性格
それでなくても極道は平和な社会ではないのに・・・

「今日は楽しい日なので喧嘩はやめましょう。」

それしか言ってません。
何と矛先は私に…



A組長「●●の姐(ねぇ)だろ
俺は●●なんて関係ねえんだ!呼ぶなら呼べよ」

信じられない発言。


私「は~っ?」
年上だろうと納得がいかず、流石にキレました…
キレて当然です。


私「今の言葉どういうつもりで吐いたのよ! 」
向こうも喰ってかかって来たのです。
周りにいた各組の若い衆達が止めに入りました。



外で待っていたうちの若い衆も飛んで来ました。
私に罵声を浴びせた組長に

「うちの姐さんに何するんですか!」



自分の親分の姐を守るのも若い衆の役目
何も言わなくてもわかります。 ファミリーですから。

若い衆も相手の態度に腹が立ち、段々と言葉使いが荒くなりました。
それも当然のことです。

大人気なく喧嘩売ってきてるのは向こうですからね。

ぐちゃぐちゃになった店内

私もよく知ってる他所の組の若い衆さんが

「姐さん、外に出ましょう。お願いします。

A組長は酔うと達悪いんで…」



冷静に言ってくれましたが、私の中では収まりが付かず、

「言いたいことがあるんだったら正々堂々と、うちの旦那の前で言いなさいよ」

本人の前で言えるわけがない。
真の怖さを知ってるからです。



みんなは早くその場から出そうと必死でした。
途中で逃げるようなマネはしたくなかった。
何も悪いことしてないのだから


私を守ろうとした若い衆に、その組長は

「おまえ覚えておけよ!只で済むと思うなよ!

ケジメだからな。指落として持ってこい!」



私「関係ないでしょ!うちの若い衆が何したっていうのよ!」
ありえない。

理不尽すぎる…
汚い・・・

だいたいが酔っぱらったT組長の女房とA組長の喧嘩の仲裁に入っただけ。
ずるい事に、その女房は自分に関係ないかのようなフリ

逃げるように去りました。


いつも私の名前を使っては、ホストクラブで飲み歩いてるT組長の女房…
最後にケツを持つのは、いつも私

知らないの旦那だけ
他のみんなは知ってるのに・・・

ごめんねの一言もない
火種を作る人間はいつも決まってます。



自分のケツは自分で拭くもの。
それが出来ないなら自分の旦那に助けてもらえばいい

それが裏の世界というもの

その旦那に甲斐がないからでしょうか


口先だけは達者で、その場かぎり
裏では自分の都合のいいようにしか言わない人間達

それを真に受けるほうもどうかしてる・・・



それも歌舞伎町という暗黒街

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





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歌舞伎町の裏側1

私の本を読んだ人ならわかる話です。
忘れたくても忘れられません。
思い出さないようにしているだけです。


当時まだ若かった私
一人歩きをするのは普通だと思ってました。
今までがそうでしたから・・・

夫は極道の世界の組長(数年後には会長)
一回り以上の年の差

堅気だった私の生活も変わりました。

まさかあの時あんな恐ろしい目に合うなんて、思ってもみませんでした…
ヤクザでもないのに巻き込まれるだなんて・・・・


今になって考えるとわかります。
どこの仕業か…

その時の私には、何処と何処が犬猿の仲か…
そんなの知るはずがありません。

104caf13.jpg


●●会●●連合の姐だろ!
●●は許さない!


どうして私なのか、頭の中が真っ白。
引き面れて…
自分の力では身動きできない状態。

恐怖の瞬間

首を絞められ、このとき初めて本当に殺される…

そう思ったときでした。


歌舞伎町二丁目、路地で待ち伏せしてたかの様子
白髪混じりの背の高い男


堅気か不良かは考える余地もありません。
只その時は逃げることしか考えませんでした。

どんなに大きな声を出しても誰も助けにこない
見ている人達が110番してくれると思った…

パトカーが来るまでの時間稼ぎ
きっとすぐに来るはず。

一瞬に浮かんだそんな考えは打ち消されました…

サイレンも聞こえない
制服も私服も来ない
最悪…


自力で助かったようなものの、ずっと泣いてました。
家に帰ってからも・・・

「此処にいるから来いよ」
あの人に呼ばれて行った道中の出来事

悲しさと悔しさで涙が止まりませんでした…
あの人は、「気にするな。不良のやる事じゃない。もう大丈夫だから。」

大丈夫なわけがない・・・
虚しくなりました。

周り(組長達)も必死で、私を襲った人間を探して回りました。
どこにも居ない
見付からない

どうしても捕まえてほしかった・・・
許せないのと恐怖で胸が張り裂けそう・・・

きっと近くにまだいるはず。
お願いだから探して。

私の願いは通じませんでした。
あきらめるしかない
そんなものなんだ


私が真相を知ったのは離婚してからです。
許せないことや納得行かないことがあるのが裏社会

女まで巻き込むとは・・・

その後は、必ず若い衆が数人は付くようになりました。
それがなくても看板を背負ってるわけですから、1人では歩くことはなかったですね。

あの時は警察もヤクザも怨みました。
味方なんて上辺だけ

裏の世界には、その裏側があります。

暗黒街、歌舞伎町。


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尊敬するのは怒ってばかりのお父さん

私の書籍にも書いてあるように、厳格なお父さん。
怖い存在。

多少の博打はしてましたが、法に触れるようなことはしません。
根が真面目。

気性は荒いですが、真っ直ぐで仕事一筋。
仕事場では下の者には厳しく怒鳴ることは日常茶飯事。

親分肌
社長からは好かれていたようです。
喧嘩っぱやいのがたまに瑕(キズ)

そこは私も似てしまったのかもしれません。
30代まではイケイケでしたから。

お父さんは仕事が終わると真っ直ぐに帰ってきてました。
仕事仲間に誘われても断る
あんなに好きなお酒でも、外で飲むのは苦手なようでした。


たまには飲み屋に行ってくればいいのに・・・
おもしろくないないから行かないの一言。
協調性に欠けてるのでは?と、思うほど。


家では必ず飲みます。
家でしか飲みません。
親戚や身内とは飲むんですけどね。


せめてもの楽しみがお酒と麻雀
趣味はない・・・
仕事なのかもしれません。


定年になったらどうするんだろう・・・
家族で話してました。
ずいぶん昔に定年を迎えた父

やはり、趣味がないため、つまらなそうな感じ

怖かった父でしたが、子供の頃にツラい過去があります。
悲しい真実
大人になって聞かされました。


お姉ちゃんとお父さんは産みの親、お母さんに育てられました。
子供の頃、お父さんだけが奉公に出され、親から見捨てられた・・・

そんなお母さんでも好きだった父
勉強も一生懸命やって成績も優秀。

頭のよい高校に受験して合格。
本当に行きたかった学校は青山だったそうです。

お金を出してもらえず、公立の高校に・・・
今でもレベルは高い学校。

卒業したことを聞いたのは最近です。


親の愛情を受けてないお父さん
幼少期の話をしたがりません。

お母さんから聞きました。
妹も私も聞くたびに涙が出てきます。

たまにですが、お父さんに昔の話を聞きます。
私が知らない時代

興味津々
楽しく話す時は仕事のこと。
お父さんの家族の話になると黙ってしまいます。


いつもとちがう空気
怒りっぽいお父さんが寂しそうな顔に・・・

幼い時から働かせられて、勉強もして楽しい思い出なんか何一つなかった父…
旅行や遊園地にも行った覚えがないようです。

それに比べたら、クリスマスや誕生日パーティー
たまに行く旅行は贅沢だったのかもしれない。

メリーゴーランド


家族にも厳しいけど、家族のために何かを作ろうとしていたのです。

お母さんと結婚してから何が変わったのかはわかりません。
遠い昔を知りませんからね。

気性の激しいお父さん
怒ってばかりのお父さん
欲しいお人形を買ってくれなかったお父さん


それでも、私が尊敬する人はお父さんなんです。
後ろ姿を見ていたはずなのに、道を反れてしまった私…


私の言い分もあります。
信じられないぐらいの厳しさ
原始時代の親かと思うぐらいでした。

それはお母さんも同じ。
お母さんの場合は、私達がお父さんに怒られないようにするため

学校で何かあっても相談した事はありません。
(子供の頃)


お母さんはお父さんに逆らうことも出来ない。
言えば怒鳴られるからという思い込みの理由。

襖(ふすま)が少し剥がれてもバレないように隠してました。
仕事から帰ってくるまでに急いで直す。

5時半ジャストに帰宅するお父さん
時間前にはダッシュで靴をきれいに並べて、ゴミ一つないようにしてました。

女房の鏡

機嫌が悪くならないように、余計なこと一つ言わないで隠してばかりの母。
そんな生活をしても別れない…

よく我慢できるな…
「こんな思いをするなら離婚すれば?」
そんなふうに言ったことがあります。


お母さんが殴られて初めての家出
私はお父さんに泣きながら怒りました。

お母さんを泣かせないで!
お父さんなんか大嫌い!

黙ってました。
お兄ちゃんもお父さんには反発ができなかった・・・

そのときの私はお父さんのことを怖いとか、そんな思いは消えていた。

守るしかない
私なら言える、今言わなければ変わらない。
子供から大嫌いと言われたのはショックだったみたい・・・


私は大人になってから我慢を覚えました。
必要のない我慢も・・・

それも自分が選んだ道ですから仕方がありません。

お母さんも我慢強い
私とは意味合いがちがうかもしれません。

愛する人に尽くすのは母譲り。
一途ですからね。

親の言うことも聞かず勝手に家を出て心配ばかり掛けてきました。
心配してくれる両親がいることに感謝してます。

余計な心配ばかりかけてしまいましたが・・・
普通の人では味わう事がなかったでしょう。

堅気の人と一緒にならなかったわけですから。
今になって、ようやくですが安心してると思います。

仲が良かったのに諸々の事情で離婚してしまいましたけど・・・
それも運命。

今は精神的に疲れない生活を過ごしてます。
数年前の私とはずいぶん変わりました。

最後まで支えてくれた家族のおかげです。
怖いものはありません。
私は大丈夫。



今まで心配ばかり掛けてごめんなさい。
大好きなお父さん、ありがとう。


石原まい子

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極道(親分)の女房の実録記事。宝島社より”姐さん「任侠」記”好評発売中。現在は、作家、モデル、任侠カウンセラー、いじめ撲滅ジャーナリスト・介護士。夢は果てしなく続きます!実現させるのが夢。人は独りではないですからね。心を強く持ちましょう。
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