元極妻の隠された幼少期

元極道(親分)の妻ですが現在は静かな生活を娘と送っております。 幼少期から現在までを書いていきます。 時々つぶやき。時々晴れ雨曇り★ これは石原まい子の裏ブログです。 誰も読まないでください。

暴走族と竹の子族の青春


私が15、16、17の時に地元の暴走族が走り出すと、うちの実家の前を通るときには必ずといって、私に頭を下げてました。
爆音が遠くから聞こえるので、外に出ます。


後輩達もいれば、先輩も。
私達は上下関係がしっかりしていました。

暴走族の仲間といえども、基本的なことが分からなければ相手にされないどころか、一緒に走ることは無理です。

協調性も大切

挨拶は礼儀正しく
基本!

1人だけ突っ走るのは、みんなに迷惑がかかる
これは何事においても同じ。

数十台の族車

多い時には100台200台が当たり前の時代
1年に1度、白浜での集会は1万台


単車や車の改造にお金が掛かります。
そのために仕事は頑張る。
そういう人間が多かった・・・

石原まい子

遊ぶときは遊ぶ
仕事は真面目にやる
稼ぐ

うちの前で何十台も来たときには、道路に出て行き、お説教も兼ねて話し込みます。

スピードを出さないように。オマワリさんには暴力を振るわないように。
目立ちたがり屋の集まりですからね。

スピードを出すのは走り屋
暴走族とはちがいます。

他所の暴走族と喧嘩になったときには勝つこと。
負ける喧嘩ならしないように。

そして、武器は使わない。等など・・・
これが私流の説教。

武器は走ってるときに持ってるだけの飾り物
それでいいんです。


竹の子族も楽しかった・・・
中学の時に流行りました。

昭和青春グラフティ 原宿竹の子族 [DVD]
昭和青春グラフティ 原宿竹の子族 [DVD]


体育の時間はあって無いようなもの
授業そのものも同じでしたけどね・・・

竹の子の振り付け
曲に合わせて練習
笛を吹いて、かけ声を勝手に作る。

今でいうパラパラ
元祖パラパラは竹の子族です。

昔は振り付けが単純だったので覚えるのは簡単。
見せ場は原宿。

ギャラリーが凄い。
全国から見にくる人の山

人気の観光スポット
ギャラリーから見られるのがパワーの源

一世風靡セピア(いっせいふうびセピア)は、一番の人気者
哀川翔、柳葉敏郎も、この場所からデビュー
かっこよかった。

14~15から原宿に行くのが日課でした。
週末の楽しみ。

故・沖田裕之くんがスーパーヒーローの時代
憧れてました。
写真を撮るにも、人が多くてなかなか撮れない・・・


竹の子族で踊りが一番上手かったヒロくん。
テレビでも話題になるほどでした。

竹の子をやってる人は独特のメイクをします。
目元には時間をかけます。
キツネ目仕様


全てが原色
衣装も手作り
気合い入ってました。
憧れの人の側で踊れるのは嬉しさ100倍


タレントになってからは竹の子族を卒業
寂しかった・・・
遠い人になってしまって。

それまでは身近に感じてましたから。

今の若者は竹の子族を知らないでしょうね・・・

私は竹の子もやりましたが、ローラー派。

今でもツイストは得意中の得意!

髪型は当然ながら、ポニーテール

ローラー派は、男がリーゼントにスカジャン
ポニーテールに大きなリボンの女子


あの頃は青春でした。
その後も青春は続きました。

輝くポニーテール時代。


ノンフィクション ブログランキングへ


姐さん「任侠」記
姐さん「任侠」記

姐さん「任侠」記 (宝島SUGOI文庫)
姐さん「任侠」記 (宝島SUGOI文庫)

文庫本は⇒コチラ

単行本は⇒コチラ でご購入できます。

赤と黒の履歴書

赤と黒の履歴書

最初で最後の捜索願

こちらの記事の続き

たった2日間の家出
短い旅・・・

そして、戻った家には家族の姿が目に入りました。



母は優しい笑顔で迎えてくれました。
ちょっぴり照れくさい。

何事もなかったように「おかえりなさい」と・・・

自然と涙があふれてきました。
私だけではない。
目をこすっていたのを見てました。


涙を隠すかのように・・・
ごめんなさい。
お母さん。
大好きなのに泣かせてしまった。

どれほど私を心配したことでしょう・・・
朝から晩まで探し回ってたのを聞きました。

そして想像していた父の怒る顔
怖っ・・・

ですが、父は怒りませんでした。



置き手紙を何度も読んだようです。
本当に理解してくれたのかはわかりません。
でも、私なりに伝えたかった・・・
心の声を。

紫


口下手の父は黙ってました。

あまり目を合わせなかったですが、いつもとはちがう穏やかさ

私には何が言いたいのか伝わりました。

似てる性格だから。


母は、私達も直すところがあるから、これからは何でも言ってね。
何でも言えないのが本音。

いつものように優しい母の声



翌日、警察へ母と行きました。
2度目の警察訪問・・・
特別に悪い少女ではなかったのは確かなこと。


学校は極悪非道
それも仕方が無い
そんな地元だから。

綺麗にお化粧して、ロンタイのスーツに9cmのハイヒール
ロンタイとは、ロングのタイトスカート
流行っていたのかは不明

そんな服装が好きだった。
生意気な格好に生意気な態度。

15だからといって、子ども扱いされるのが嫌でした。
そんな年頃。
買ったばかりのスーツを自慢げに。。

婦警さんとも長い時間、話してたのを今でもはっきり覚えてます。
相談事もない。

婦警さんから質問の嵐。
友達は?
どこに行ってたの?


本当の事は話しませんでした。
友達の名前を言えば迷惑もかかる

どこに行ってたのかと聞かれたとき・・・
駅のバス停近くにあるベンチに2日間いました。と、テキトー

信じてるはずがありません。
それは承知のうえ。

質問の続き

お洒落なんだし、きれいな顔なんだから女優さんにでもなったら?

そんなに褒めても何もでないのに・・・・


女優もいいかもしれない。
プロダクションを紹介してくださいよ。と、小生意気な返答

夢を持つように言いたかったのでしょう。

将来は何がしたいの?とか聴いてましたからね。

すでに夢はありました。


私に対して、その後の両親はずいぶん変わりました。

なんだか腫れ物を触るような感じ。

そのときはそれで居心地がよかったような・・・
バカな勘違いですけどね。


捜索願を出されたのはそれが最初で最後でした。

尊敬するのは怒ってばかりのお父さん



姐さん「任侠」記 (宝島SUGOI文庫)
姐さん「任侠」記 (宝島SUGOI文庫)

姐さん「任侠」記
姐さん「任侠」記

文庫本は⇒コチラ

単行本は⇒コチラ


バナー 赤と黒の履歴書


家出少女

15才のときに家出をしました。
もちろん、私なりの理由があります。

とても厳しかった父
そんな父に文句一つ言えない母
それほど怖かったのでしょう・・・

普通なら怒らなくてもいいような事でも怒鳴ります。
叱るのではなく怒る。

例えば、学校の友達から電話があっても、取りついでくれません…
わるい友達、よい友達
勝手に判断していた親


「今、まい子はいない 」
えっ・・・
私は目の前にいるのに・・・
それだけ言って電話を切ってしまう。


男子からの電話は誰でも無理でした。
いつも家にいない子みたい。

私から連絡をして、留守だったので、折り返してもらった電話
もちろん、携帯のない時代
公衆電話か家の電話

家からは殆んど電話した事がありません。
本当に・・・

話してると、誰と話してるんだ!

誰って、友達以外に誰がいるの?

そして勝手に受話器を切られる
電話は話すためのもの。
切るためのものではない。


お母さんに、うちは原始時代の親みたい。と、 何度も言ってたのを覚えてます。
実際、原始時代の親がどうなのかなんて知るわけがありません。

星空

時代と共に進化してない
子供を理解しようとしない

信じられていない
まだ15なのに・・・

お父さんやお母さんの時代とは違う
それが言いたかった…


自由がないという思い込み
家にいても楽しくなかった時期

お母さんは仕事で忙しい
お父さんは帰ってきても、あまり話さない。
笑顔の家族とはかけ離れていたような・・・


今考えれば自分勝手な理由かもしれない
何不自由なく育ててくれたのに…

ある日、私のことを理解しようとしない親に、置き手紙を書きました。
私が家出した理由

言いたいけど言えなかった事
見付からないように、荷物は最小限にしました。
そ~っと・・・


そして、帰って来ない我が子に焦ったのでしょう。
私は部屋を綺麗に片付けて、テーブルの上には手紙を残しました。


それを見付けた両親は、反省して泣いたらしい・・・。
心配性のお母さんは、思い当たる友達に電話を掛け続けた

私にとっては勇気ある決断、行動でした。
それしか方法はないと思ってましたから・・・


泣きながら書いた手紙
本音を伝えたかった


お母さんは、友達に「私達が悪かったから、どこにいるかだけでも教えてほしい」
それは耳に入りました。


大好きなお母さんが心配してる

わかっていたけれど、しばらく家から離れていたかのです。

そっとしておいてほしい・・・


だけど気になり、一度だけ電話をしました。

大丈夫だから。女の友達の家にいるから


それだけ伝えて切りました。

悲しそうなお母さんの声

「お父さんも怒らないから早く帰ってきなさい。」


家出しても楽しい時間は過ごせませんでした。

地元の友達と飲めないお酒を飲んだり・・・
先輩が働いてるパブに行ってみたり・・・


そして、家出してから2日目にして、、、まさかの捜索願を出されてしましました。

早すぎる・・・・・


私の青写真が撒かれました。

友達や先輩からも、「不味いんじゃないの?」
確かに・・・・


憂鬱な思いで帰ることを決意

きっと、お父さんからは又怒鳴られるにちがいない

でもお母さんのためを思うと帰るしかありませんでした。



親戚や兄妹、両親の友人達まで探していたらしいです。
喧嘩ばかりしてたお兄ちゃんも心配してました。

放っておく親も多いのに・・・・

私が気付かないだけで、愛されていたのでしょう。

そして帰宅。

両親は警察へすぐに電話

翌日に私は警察へと行く羽目になりました。


たった2日間の家出少女として。
正確にいえば2泊3日の小さな旅

続く



ノンフィクション ブログランキングへ

姐さん「任侠」記
姐さん「任侠」記

姐さん「任侠」記 (宝島SUGOI文庫)
姐さん「任侠」記 (宝島SUGOI文庫)

バナー 赤と黒の履歴書

livedoor プロフィール
QRコード
QRコード
Twitter プロフィール
極道(親分)の女房の実録記事。宝島社より”姐さん「任侠」記”好評発売中。現在は、作家、モデル、任侠カウンセラー、いじめ撲滅ジャーナリスト・介護士。夢は果てしなく続きます!実現させるのが夢。人は独りではないですからね。心を強く持ちましょう。
Amazonライブリンク
  • ライブドアブログ